今後の研究計画及び抱負


これまで、主に降雨現象と一部洪水流出現象に関し、水工学と気象学、すなわち理学と工学の融合を目指した気象工学という限定的な目的を追ってきたが、今後は理学、工学、社会学の3者の融合という意味での気象工学の確立をライフワークとして嬉々として推し進めて行きたい。そのためには、防災研究所の水災害部門や総合防災部門とも積極的な共同研究を図り、様々な分野の最先端の専門家で構成されている防災研究所の大いなる利点を活かし尽くし、また貢献したいと考えている。勿論、これまで先端として進めてきたリモートセンシングの水工学への応用、特に、工学的視点にたった降雨予測も、ライフワークの一つとして、今後の発展に積極的に寄与して行きたいと思っている。

 


(1)   様々な最先端レーダー情報を用いた降雨予測手法の開発


 気象レーダーのドップラー化は勿論のこと、二偏波化も、将来は現業のネットワークレーダーとして当然となり、大気の流れや雨滴の粒形分布、降水粒子の種類の汎用的な観測が可能となる。少なくとも、欧米では2007年の実現をめざしている。既に開発してきた予測モデルをベースにドップラー情報の4次元同化を開始しており、今後は雨滴粒形分布や降水粒子の種類の観測データの同化を進めて行く。一方では、昨今の都市型豪雨の頻発化により、取り扱いが容易な数理工学的な手法も超短時間予報への利用が見直され需要が益々増大するはずである。この手法も、気象庁が発表する数値予報による大気物理変数とタイアップさせることにより精度の向上が可能である。このように、物理モデル、数理工学的モデルの併用を考え、都市・地域規模の豪雨予測システムの構築を図りたい。

 


(2)   衛星観測降雨情報を用いた世界の都市・地域規模の降雨特性の解析と洪水予測手法の開発


 現在、地上レーダー観測ネットワークが存在するのは、先進国を中心にした世界の一部領域に過ぎない。したがって、発展途上国その他の都市・地域では衛星による観測情報が貴重な存在となる。しかし、現在の衛星搭載降水レーダーTRMM/PRによる観測頻度は緯度により一日に数回〜1回である。また、2007年を目標に計画されている,降水レーダーを持つ主衛星とマイクロ波放射計にみを有する複数の複レーダーによる全球降水観測計画(GPM)でも,最大で1日8回である。これらを、「降雨予測や洪水予測の入力情報」や「計画的な降雨情報」として水工学として有効利用するためには、降雨分布の時間的な構造を物理的な視点と確率統計的な視点の両者をタイアップしてモデル化し、そのモデルを通して、必要な時間・空間スケールを持った入力情報に変換する必要がある。たとえば、時間間歇的な観測情報から直接算定される月降雨量の分散は極めて過大推定となり、それをそのまま統計値として用いることはできない。しかし、適切な降雨の確率モデルを導入することにより、こういった統計値の補正が可能であることを既に明らかにしたが、今後この考え方をさらに様々な統計値に広げてゆき、それらを用いて、世界各地の都市・地域の降雨特性を明らかにするとともに、さらには、それら特性をベースに、衛星観測降雨情報を用いた洪水予測システムの構築を図りたいと考えている。

 


(3)   都市化、温暖化と集中豪雨


 昨今、都市型豪雨が頻発化していると言われる。あるいは、これまであまり生じることのなかった地域での豪雨災害が報告されだしている。少なくとも、その感がある。と同時に、温暖化の影響であるのではないかという議論がまずなされる。気象関係者も今や、「温暖化により」という言葉を多用するようになってきている。しかし確定的なことはまだ明らかになっていない。ましてや、都市周辺では都市化による影響も複合しており複雑である。しかし、今後の都市河川や中小河川の計画の中で、予測までは行かなくても少なくとも、こういった豪雨が本当に今後増えるのかどうかという情報は、極めて実用的に重要な情報として希求されている。そのためにも、統計的解析と物理的解析(事例解析や数値シミュレーション)の両者を通して、「今後本当に増えるのかどうか」を明らかにして行きたいと考えている。

 


(4)   降雨−地形則・河道網則−流出関係の一般化理論の開発と都市水害への応用


 これは、降雨−流出過程を「降雨分布構造―流域構造」とその相互作用から明らかにするという意味でも基礎的に重要な取り組みである。具体的には、都市河川を含む中小河川のスケールにおいて、降雨分布の空間スケールが、洪水流出にどういった効果を持つかを、流域スケールや地形則、河道網則をパラメータとして明らかにする試みである。これらの情報は、たとえば、どの地域でどういった河川を対象にした場合分布型降雨情報としてのレーダー情報が有効となるかを明らかにすることに応用できる。

 


(5)   レーダー情報の物質循環解析への利用


 面的な降雨情報をもたらすレーダー情報は、点源、面源環境負荷物質の流出解析に現在希求されている情報であり、上記の(2)(4)の取り組みはこの解析に応用できるものである。防災研究所がリードしてきた琵琶湖プロジェクトや、都市環境工学専攻環境系が進めている琵琶湖流域やメコン川流域での点源、面源環境負荷物質の流出解析等とタイアップして、物質循環としての降雨−流出という意味でも、分布型降雨情報の有効性を明らかにするとともに、利用方法を構築してゆきたいと思っている。

 


(6)   世界各地での異常降雨の解析と流域特性、生活場を通した異常さ概念の確立


 どのような時間、空間スケールの降雨が異常となるかは、対象となる都市・地域が存在する流域の特に空間スケールに依存する。大陸規模の大河川の本川においては広域かつ、数日から1週間以上の継続期間での降雨が対象となるし、都市河川では局所的な数時間〜1日の継続時間の降雨が対象となる。また、大陸大河川沿いに位置する都市でも流れ込む支川がクリティカルになる場合はやはり、局所的な数時間〜1日の継続時間の降雨が対象となる。昨今のわが国の都市水害は後者であり、2002年ヨーロッパ大水害はこれらの複合型であり、1993年アメリカミシシッピー河大洪水、2000年メコンデルタ大洪水は前者である。このような視点をベースに、世界各地の異常降雨の出現特性の解析を開始しているし、さらにそれらが世界規模でどのように分布しそれが推移してきているかを明らかにして行きたい。

 また、国内外の災害現地調査(那珂川、ベネズエラ、メコンデルタ、ヨーロッパ)から、災害時、あるいは直後の人々の顔を意識して視てきた。同じ洪水災害時でも、メコンデルタのように笑顔があった事例がある。この笑顔、特にあの子供たちの笑顔はどこからもたらされるのかが究極に解明したい疑問である。すなわち、降雨や洪水が異常であっても住民にとっては異常でない場合がある。逆の場合もある。それを理解することにより、人々にとっての異常とは何であるか、何を目的とした防災であるべきであるのかを、様々な自然条件を持った流域、文化を持った人々、経済条件をベースに普遍化していけるのではないかと考えている。このためには、社会科学との連携も目指して行きたい。